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my works(poetry)

〜 ライヴでは折に触れて詩を朗読しています 〜



 
まなざし〜山本美香さんに捧ぐ〜
 
君は目を開けたまま死んでいて
死んだまま
まだこの世界を見ている
眺めているとも
見つめているとも呼べないまなざしで

生きている間 君は
世界をもっと見たいと願った
世界をもっと見せたいと願った
人が人を容赦なく殺す場所で
人が人にあっけなく殺される場所で

君が伝えたかったことと
君の死体が伝えていることは
恐らく全く別のことだろうけど
僕はここにて
やはり君から見られていると感じる
どうしようもなく
命を持て余しながら

ゼロよりも大きな数字のないこの世界で
これからもずっと
僕たちは君に見られ続けるんだな
青空に似た
そのまなざしで


 
ここにいること
 
ただちに健康には影響がないくらいに
放射線は降り注ぐ
ただちに健康には影響がないくらいに
水やカップ麺を買占め
ただちに健康には影響がないくらいに
「頑張れ」と君は言うけれど
頑張ることよりももっと大切なことがあることを思い出してごらんよ
ただちに健康には影響がないくらいに
悲しみながら憤りながら怯えながら
いつかこの気持ちを忘れてしまうことを恐れてはいけない
ただちに健康には影響がないくらいに
募金し議論し呟き酔っ払い
夜空を見上げれば月はいつものように美しかった
ただちに健康には影響がないくらいに
周りの顔色を伺いながら自粛しようという無言の圧力の中
今ここで生きていてうたうことにためらいなどない
ただちに健康には影響がないくらいに
愛するくらいなら
愛なんて言葉は瓦礫の下敷きになればいい
ただちに健康には影響がないくらいに
遠くにいるけれど
ただちに健康に影響があるくらいに
近くに想う


 
叫ぶ
 
電子レンジに生きたまま猫を入れてチンするのと
兵隊が人殺しの練習をするために税金を払うのと
どっちがマシかなんて真顔で訊くなよ
そんなに命をボーボーに生やしたままで
叫ぶというのは大きな声を出すことじゃないのさ
声に自分自身をねじ込んで
パンパンに膨らませたままめくらめっぽう放り投げることなんだ
何処にも届かずにそこいらで
ただ破裂するみじめさも込みで

夜があらゆるものたちの影をすっぽり飲み込もうとしている
それが悔しくて悔しくて
君を隅から隅まで舐め回しても
独りぼっちでおしくら饅頭してるみたいなこのもどかしさは消えやしないのさ
「どっから入ったらいいんだよ」
鍵穴だらけの世界で
独り言を喋り続けている石ころや
おめかししたのっぺらぼうや
日本経済新聞を口いっぱいに頬張ってるゴリラたちの間に閉じ込められたまま
グーしか出さないと決めてジャンケンを続けている

叫びと引き換えの真空
吸い込まれそうで怖くなるのさ
だけど
想いよりも先に飛び散ったまま
行方不明になったものたちにまた会えそうな気がするのもそんな瞬間だ
生まれてきてよかったなんて誰にも言わせない
死んだ方がマシだなんて誰にも言わせない
そんなやつを
そんなやつをさ


 
水の中で呼吸するにはたぶん<コツ>がいる
 
水の中で呼吸するにはたぶん<コツ>がいる
だけど
その<コツ>を覚える前に僕らはとっくに溺れている
僕らが凶暴になればなるほど僕らの無力さも値上がりしていくのか
それとも
無力さの座標点はいつまでたっても身動きしないのか
雪崩に飲み込まれた人の冷たさの絶対値や
飛び降り自殺した人の地面との一体感を手探りしてみても
祈ることよりもマシなことを何ひとつ思いつかない

誰かがお月様に値段を付けたという
そのペテン師が魔女裁判にもかけられない奇妙な時代に生きている
だから友だちばかりが増えるのだ
綱渡りをしているピエロが誰かの頭の上に落ちるのを期待している人たちと僕は友だちだ
人の秘密を食べ散らかしながらドアに何個も鍵を掛けている人たちと僕は友だちだ
他の国の人を殺せば自分の命は守れると信じている人たちと僕は友だちだ
友だちになった覚えもないが友だちだ
ねじれているから痛いのか
それを元に戻そうとするから痛いのか
「みんな夢でありました」と森田童子はうたってたけど
夢の中でだって痛いのだ

この暗闇を貫いて
何処からか修行僧の足音が
何処からか脱走者を探すサーチライトが
何処からか放火魔の撒いたガソリンの臭いが
僕の命をふいに掠めていく
冷たい指先で知らないうちに合掌しているのは
たぶんそのせいだ


 
短歌十首 2007年 夏
 
地下道に馬鹿が描きしぬばたまのスプレーの黒裂きてゆきたし

軍隊は要る要らざると声高な議論聴きつつわれ汗拭う

他人(ひと)を責め何を守るか我が弱き喉笛塞げブラックコーヒー

四十路越え叫びうたえる我が友のテレキャスターの唸る夏の夜

芝居観て昂りしまま語り合うジントニックの苦さ甘さよ

窓深く隠れて放つ石礫(いしつぶて)ネットの民のずるき腕(かいな)よ

クーラーも扇風機もなき熱帯夜一糸纏わずキャンディーズを聴く

小指だけ絡めて歩く暑き日よ溶け果つるまで君を舐めたし

指噛めばふいに浮かびし面影よ声を殺してわれ独り果つ

夏ごとに平和を誓う戯れ事を虚しく見やるアイス舐めつつ


 
片想い
 
コンクリートの壁に詩を書き殴り
その壁に向かって何度も何度も体当たりしてみては
その痛みと恍惚から何か生まれはしないかと
下心たっぷりに目を凝らしてみる
しかし
瞬きの閉ざされた側にも開かれた側にも君がいるばかりで
そもそもはじめから壁なんてありはしないのだと告げられる無力さ

ボブ・ディランを語る年老いたスージー・ロトロ
国民の統合の象徴であるメイド喫茶のメイドたち
寝たきり老人に人生の残像を注ぎ込む無数のチューブ
断末魔の声を引き連れて風下から風上へと遡るもうひとつの風
カラスに食い破られたゴミ袋の中からきらめく眼光
彼らに包囲されながら
血に染まった音や光や匂いが
しゃなりしゃなりと花魁のように
ぬめりぬめりと伝染病のように
僕をびしゃびしゃに濡らしに来るこの戦場で
僕は自分の心臓を取り出し
高々と掲げてみる
原始的な器の形に結ばれた君の掌に
いつかこの心臓をそっと載せるために


 
二塁打
 
二塁打なんていつだって打てると思ってた
何の根拠もなしに何の根拠もないからこそ

戦う前から戦力外通告
好き勝手に変えられたルール
はりぼてのような青空の下
それでもビニール傘をバット代わりに打席に立ってみると
ただ熱狂したいためだけに熱狂した者たちの
悲鳴とも歓声ともつかない叫びが耳の奥から谺する

とにかく僕は二塁打を打つためにここに来たのだし
どんなにあからさまな悪意に満ちたデッドボールを受けたって
気が狂ったアンパイアーがありもしない未来の方を指差して「ゲームセット」と叫んだって
ここから離れる訳にはいかないのだ

僕は何処からやって来るのかさえ知れないものをこうして待ち受けている
ヴィム・ベンダースの映画の中でピーター・フォークが演じた天使のことを思い出しながら
市場の横の薄暗い路地から睨みつけていた目付きの悪い年老いた猫のことを思い出しながら
大歓声を受けて第4コーナーで先頭に立ったとたん骨折して馬群から引き離されていったサラブレッドのことを思い出しながら
僕は打ち返そうとしているのだ
触れたものすべてを<なれの果て>という名前に変えてしまう怪物を

さあ来い
いつでも来い
数え切れない透明ランナーたちが

死んでしまったことも忘れて待ち続けているじゃないか


 
青空の罠
 
街角のポルノ映画のポスターの中に両手両足を置き忘れて身動きもとれず
何度やってもエンジンのかからないスクーターみたいな胸のざわめきに身悶えする
そのざわめきを卑怯なビールで飲み干し君のヴァギナの前を行ったり来たり
食べ切れないほどのシチューに溺れながらこんなにも飢えているのは
青空の罠

この歯並びの悪い鉄筋コンクリートの群れの内に潜む荒野が
炎天下にビニール傘をさしてうろつく浮浪者をこんなにも饒舌にさせているのか
それともこれもあんたらのせいなのかと
捨てられたアイスキャンディーの棒に群らがる蟻たちに問い掛けてみる
むなしい交尾の果ての汗だくの真っ昼間
涎を垂らし続ける年老いた犬が突然一声吠えたのは
青空の罠

性懲りもなく幻の旗を振りかざしては行軍を続けている
目覚める度に死んでしまいたくなる気持ちを黄ばんだブリーフに包み込み
パンパンに膨れた膀胱に口汚く罵られ
それでも何が勃起し何が萎えたままなのかをこの目で確かめようと
決死の想いでお子様ランチのチキンライスの頂上に登ってみると
そこから見えたのは見覚えのない自分の人生
それこそが
青空の罠

世界中のありとあらゆる蕾が花開く瞬間の音のない音に
耳を澄ましているうちに乗り過ごして大山から中板橋
かつて君の心臓のすぐ傍で雨宿りした時
満月はもっと黄色かったしボブ・ディランはもっと顰めっ面をしていた
今違う場所で雨宿りしながら
柔らかくなってしまった己の拳を睨みつけてみたところで
こいつには行く当ても帰る場所ももう何処にもないのだということもまた
青空の罠


 
苺狩りのうた
 
僕たちが苺狩りをしているうちに
世界中の温度計はとんでもない温度を指しているだろう
掌で溶けてゆくアイスクリームを呆然と見遣りながら
子供たちの口は金魚のようにパクパクと失われた言葉を音もなく発するだろう
ベトベトの手で誰と握手すればいいのかも分からずに

僕たちが苺狩りをしているうちに
そこはどんなダウンタウンにも繋がっていない荒野になっているだろう
アスファルトの瘡蓋を剥がされた剥き出しの関東ローム層よ
おまえは周りに聳え立つ無数のビルディングが本当は墓標なのだと知らせるために
生まれる前の記憶をこんなにも剥き出しにしているのか
それでも僕たちはまだ地球を掘り当てることも出来ないでいる

僕たちが苺狩りをしているうちに
命は自ら糸を切って垂直に落下するだろう
「もしも」とか「まさか」とか「どうして」とかいう他愛もない言葉を乱暴に脱ぎ捨てて
残尿感たっぷりの夜と毛むくじゃらな朝を置き去りにして
そんな時僕は青空を誘拐することが出来たらいいのにって本気で思うのだ
君の命を身代金として

僕たちが苺狩りをしているうちに
虚ろな目付きの暴君どもが犬笛におびき寄せられるだろう
諦めきれないから祈るのだと
激しい通り雨の後のかそけき雨垂れが言う
僕はそっと頷きながら
売り物にされる前にそこら中に散らばる手足を焚き火にくべるのだ

あれ以来
どんなに口汚く罵ってもどんなに悲しいうたをうたっても
僕の言葉は苺の味しかしなくなってしまったのだった


 
あの月までもう一歩
 
壁一面を蜂蜜がゆっくりと垂れ落ちてゆく
その光景に苛立ちながらそれでも目をそらすことが出来ない
怒りはとうの昔に馬群に沈み
あれから君と二人ヒヤシンスの球根の中で幾夜も過ごした
覚醒剤の力を借りずに壁の向こう側を見つめ続け
耳鳴りの中にブラックホールのような一点をまさぐる日々
あの月までもう一歩

天才ともてはやされ夭折した詩人の陰毛も生えていない詩のように無様な
あまりにも無様な独りよがりの正義よ
裸に蝶ネクタイを付けて舞台に現れ
蝶ネクタイだけを舞台に残して去っていった二十世紀よ
馬鹿のひとつ覚えの画風で
あらゆる肌色の上に塗り重ねられた他人の血の赤よ
こうしてもう誰もいなくなった教室で出欠を取る度に
みんなの代わりに返事をしている僕がいる
あの月までもう一歩

君の体の隅々まで覚えている
そこには触れてはいけない場所など何処にもないのに
今ではここは触れてはいけない場所だらけだ
今も誰かの影の中で息をひそめているペガッサ星人のことを想いながら
コカコーラの瓶一本分の叫びを秘めて性懲りもなく夜道を徘徊しているのは
地続きであることを確かめたいからだ
あの銃声とこの八百長試合が
この女の痣だらけの体とあの大量の瓦礫が
やがて「逝ってよし」とカラスが一声上げて白々と交わる頃
あの月までもう一歩


 
まぼろしの葬列
 
無数の釘が打ち付けられた魂がそこら中に転がっている
それを横目で見ながら
メルカトル図法で不当に歪められたインドのように無様に
ゆっくりと行進するあなたたちに僕も付いて行く

校庭の隅の水道の蛇口に直接口をつけてごくごく飲み込んだまぼろし
寺山修司が青森弁でぼそぼそと呟いたまぼろし
日生球場のバックネットに登ってゆく近鉄バファローズの帽子を被ったまぼろし
もう何十年も忘れ去られた辞書の中の押し花になったような気持ちで
手紙に書けなかった言葉を喉仏ごと郵送してみると
毎晩街中の郵便ポストが炎上する夢ばかり見る

おかあさんという名のまぼろし
道を歩いている人誰彼かまわず「おかあさん」と呼びかけてみる
呼びかけられて初めて自分が僕の「おかあさん」だと気付いたあなたたち
僕は今もあなたたちのお腹の中からあなたたちを蹴っている
こうして永遠に続く臨月

ゆうべテーブルの上の紙コップの中でたゆたっていたまぼろし
完璧に磨かれた果物ナイフの刃先で手招きしていたまぼろし
断崖の向こうにあるものは空でも海でもなくまぎれもない自分自身で
だからこそ自分を抱きしめるために一歩踏み出す
それを崖の上からじっと見ていたまぼろし

スカーレット・リベラのヴァイオリンに導かれながら
真っ黒焦げになったまぼろしを掌に乗せ
無闇に発情しながら人込みの中を歩いて行く
そして弔う間もなく
そこらの道端でまたまぼろしと交尾するのだ


 
中央線<グヮテマラ行き>
 
僕は今
中央線<グヮテマラ行き>に乗っているところ
勿論いろんな意味で乗り間違えたからだ

月に映る地球の影の形をした椅子に座り
君が書いたサイケデリックな文字の手紙を何度も何度も読み返している
列車と線路が奏でる歯列矯正器具を付けた物語に耳を傾け
そのひとつひとつをピーナッツのように正確に噛み砕きながら
頭蓋骨の中では「サージェント・ペパーズ・ロンリー・ハーツ・クラブ・バンド」
そう 僕が旅をしている訳は
メキシコ・シティの売春宿の前の溝に落っこちた月をこの手で拾い上げるためであり
君があの日吹き飛ばしたタンポポの種の行方を見届けるためであり
「やりたいことは売れてからやれ」という言葉が
「革命は王様になってからやれ」と同じ意味だとロゼッタストーンに刻むためであり
モスバーガーを食べながら所在なさげに足をぶらぶらさせている少女の姿をした神様に出会うためであり
つまり
魂の借金取りから逃げ切るためなのだ

結局君の手紙から僕が読み取れたのは
「のものに成り果てたあなたは」
という遮断機のような呟きだけだったのだった


 
君恋うるうた
 
街灯立ち並ぶ商店街のずうっと向こうに
宵の明星を連れた傷口のような月
その他に何が要る?
プールの底で瞑想する太陽を掬い上げ
水面に戻ると狂い鳴くヒグラシ
その他に何が要る?
足元の暗渠を流れる無数の魂
それは無数であると同時にひとつでもある
その他に何が要る?
鑿(のみ)が石から形を掘り出すように
うたが心の形をなぞってゆくこの時
その他に何が要る?
真夜中の静けさの中
聞こえるはずのない自分の声が耳の奥で谺している
その他に何が要る?
色は交わり新しい色になってゆく
たとえ「汚れた」と誰かが罵ったとしても
その他に何が要る?
ゆうべ君が剥いた桃の皮が流しにそのままだ
「死んだ方がましだ」と呟きながら生き続けるものたちとともに
その他に何が要る?
目の前にないものを思い描くことができる
満員電車の中で沖縄の海を 死体の山の前で君の横顔を
その他に何が要る?
愛しい者のために祈ることができる
愛しい者のために泣くことができる
愛しい者のために闘うことができる
愛しい者のために傷つくことができる
そして 愛しい者に今生の別れを告げることができる
その他に何が要る?
今そのすべてが佇む場所で
君恋うるうたをうたっている


 
オホーツクへ その5
 
電車が駅に着く度に
バッタの群れのように湧いて来る学生たち
彼らはみんな
携帯電話と餌に群がる豚みたいな笑い声と安物のコンプレックスをぶら下げていた
彼らを眺めながら
僕は心の中でこう祈った
この世から原子爆弾と携帯電話がなくなりますように
彼らの愚かしく美しき日々が本当の豚どもの餌食になりませんように
そして
女子高生の肉付きのいい太股が永遠でありますようにと

世界はまだ
心臓と思想を取り替えることが出来ないということを理解できないから
靴を履くか裸足で行くかでさえ血を流し続けている
そんな時も防風林の向こう
季節外れの海水浴場には
携帯電話では受信することが出来ないメッセージが無数に打ち寄せている

それもこれも結局は
気が狂った詩人の神なき啓示と同じで
僕は独り 手旗信号でそれに応答する
「少女の太股にはさまれたピンクのビニール傘よ、万歳!」



 
最前線にて
 
僕たちは最前線にいる
敵は見えない
それは地平線の遥か彼方から迫って来ているのかもしれないし
もうすでに背後でひっそり隠れているのかもしれない
それはあの日のジョン・レノンとオノ・ヨーコなのかもしれないし
昨日僕が君に話した孵化しない卵のような話なのかもしれない
とにかくここは孤独で喉がとても渇く場所だ

君がもしここでどうにも居たたまれなくなったら
「バカボンのパパなのだ」と声に出して言ってみろ
死ぬ気で言ってみろ
何度でも言ってみろ
自分の手で自分の患部を抉り取ってしまうまで
それがたとえ食べ放題の皿に載っかってる安物の肉みたいな愛だとしても
それがたとえ擬似セックスばかりのAV女優の喘ぎ声みたいな愛だとししても
間違いなく君のものなんだよ
そしてそれが僕たちが最前線にいるという証だ

振り返るな
故郷は僕たちの中にしかない
寝言を言うな
行き着く場所は僕たちの中にしかない

「応答願います 応答願います こちら最前線」


 
みなしごのうた
 
壁をじっと見つめ続けて
その壁の向こうにある景色が見えるようになるまで見つめ続けて
それは本当はそこにある景色ではなく
自分の中で燃やされ続けている景色だと知る
みなしごとして

僕たちは他愛もない宇宙人で
遠い星の何者かと何か分かち合うことができるとしたら
それは今目の前にある砂や水と分かち合っているものと同じだ
たとえば君とキャッチボールしている時に思うことは
出来れば君と僕の間を行ったり来たりする
ボールそのものになりたいということ
みなしごとして

黒板には文字が書かれ消され
その失われたものたちの地層に埋もれて僕も眠っている
抱きしめた瞬間に「違う」と感じてしまった時の淋しさや
はっと心奪われた後に我に返った時の淋しさが
その地層を形作っているのだ
君もたぶんそこで眠っているんだろ?
みなしごとして

肌を走るカミソリの刃の叫びを聞きながら
空を切り裂くことが出来るものを内側に秘めている
その昂りと苛立ちこそが
君と僕を繋いでいるものの正体だ
だから足踏みを続けている時も決してとどまっている訳ではない
みなしごとして


 
オホーツクへ その2
 
複雑なものなんて何ひとつなかった
世界中のタイヤというタイヤが僕を踏み潰そうとしている
という幻想を踏みつけながら
北へ向かって旅しているだけだ

指をポキポキ鳴らしながら朝はやって来て
膀胱をパンパンに膨らました僕らのために
世界にルビを振ってくれようとする
けれど
そんなものが必要だったためしも役に立ったためしもないことくらい
高圧線の鉄塔の上で瞑想しているカラスだって知っている

しょっぱい試合を見せつけられた観客たちの怒号と
気が触れた詩人たちが歩きながら朗読するつむじ風のような即興詩の間で
僕は今僕の声を産み落とそうとしている
女子高生の太股のように妥協することを知らない声を


 
最後のデート
 
手紙に綴られた言葉は石つぶてで出来ていて
君に触れる度に僕の指紋はことごとく磨り減っていった
高速道路の上から満月が手招きをしているというのに
僕はまだこんな所でカスタードクリームに足を取られている
今まで何億年も眠り続けることが出来たというのに
ひどい有り様で目覚めなければならなかったものたちとともに

たとえば君は
うたい継がれているうちに原形を失ってしまったメロディーみたい
チョコレートが溶ける温度で僕の見覚えのないものに変わり果ててしまった
だから今目の前にあるものと言えば
ハングル文字で出来た一日と少年たちの虚ろで凶暴な目付きと
鍵が開いているのに入ることの出来ない君
そして道端では
近鉄バファローズの帽子を被った浮浪者が僕の古いうたを口遊んでいる
僕にしか聴こえないうたい方で

祈りの言葉と呪いの言葉をシェーカーでかき混ぜて出来たカクテルで
お互いの暴君であることに乾杯した
それから寺山修二の映画「田園に死す」に紛れ込んで
すべてのサノバビッチたちのために見えない涙を流した
それが君と僕との最後のデートだ
あれから僕のポケットの中では君が焼いたクッキーが粉々になったままずっと
調教師のいなくなった獣のように時を持て余している


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