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〜 日々の気になることを徒然なるままに 〜


  2020年7月27日(月) まだ明けない梅雨の雨上がりの朝
  将棋は<指す>ものなのに、何故<打つ>と間違える人が多いのか

こんなことは僕がわざわざ書くべきことではないかもしれない。
しかし、昨今の藤井聡太に関する報道の中で、アナウンサーも含めて余りにも多くの人が将棋を<打つ>と表現しているので、敢えて書いてみることにした。

まず、将棋は<指す>ものであり、囲碁は<打つ>ものである。
この違いは何かを単純に言うと、初形の違いとルールの違いである。
将棋は、ゲームを始める時に予め駒を所定の位置に配置する。
その時点では、配置された駒以外に持ち駒はない。
だから、少なくとも初手は並べられた駒のうちのどれかひとつを動かす、つまり<指す>しかないのだ。
囲碁は初形にハンディキャップで石を何個盤上に置いたとしても、次にそれを動かす(指す)訳ではなく、新しい石をまた盤上に置くという動作をするから<打つ>と呼ばれる。
これを踏まえた上で、何故間違いが起こるかについて、二つの理由を書く。

ひとつは、今も書いたように囲碁が<打つ>ものであるが故に、用語の混交が起こってしまっている点。
将棋も囲碁も、ともに日本でメジャーなゲームであるために起こっている現象と言える。

もうひとつ、将棋を<打つ>と間違える人は多いのに、囲碁を<指す>と間違える人が少ない(ほとんどいない)理由が次の点に含まれている。
それは、囲碁には<指す>という動作がないのに、将棋では実際に<打つ>という動作があるからである。
将棋では初形からは駒を<打つ>ことはできないが、ゲーム中に相手の駒を取ったら、それを自分の駒台に乗せ、好きな時に好きな場所(他の駒がいなくて、かつ次にその駒が動くことが可能な場所)へ<打つ>ことが出来るというルールがある。
盤外(囲碁の場合は碁笥という石を入れる容器、将棋の場合は駒台)から盤内へ駒を置く動作は、<指す>という表現ではなく<打つ>という表現になる。
これがややこしいのだ。
ここでの動作自体は<2三に銀を打った>というように表現されるけれど、大きく見れば、この<2三に銀を打った>こと自体も<一手指した>と表現される。
つまり、将棋というゲームにおける動作には<指す>という動作と<打つ>という動作があるけれど、その両方を総称して一手進めることを<指す>と呼ぶのである。

こう説明して改めて、将棋をよく知らない人は間違えても仕方ないと思う。
僕もこの間違いに目くじらを立てている訳ではない。
ただ、アナウンサーくらいはこの違いを理解して報道してほしいと願う昨今である。